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五十路男物語
第2章 バリ島移住奮闘編
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いまだに完全に腹を括れずにいましたが、時は無情に流れていき、いよいよ出発の日を迎えます。
今回は家族4人でバリ島へ向かいます。
ただ、私は3泊4日で日本へ帰国し、美雪と子どもたち3人はそのまま現地生活を始めます。
私の役目は、日本で収入を確保することでした。
いよいよ出発へ
荷物は一人分として積載出来るマックスの重さ(確か20kgだったかな?)まで詰め込んだキャリーバッグ3個と私の荷物。
ミニマムライフが得意な美雪が厳選して詰めた3人で暮らすには少なすぎる荷物でした。
新千歳空港から成田空港を経由して、マレーシアのクアラルンプール国際空港まで約8時間のフライトでした。
機内食は東南アジアメニューでカオマンガイか何かを食べましたが、冷凍食品っぽくてあんまり美味しく無かったです(笑)
割と大きい飛行機で空席も多かったので、好きな場所で座ったり休んだり横になったり割と自由な感じで過ごせました。
ここからバリ島のングラ・ライ国際空港へのトランジット待ちで2~3時間滞在しました。
クアラルンプール国際空港、デカすぎる!!
成田空港が小さく見えるレベルでした。
360度、見渡す限り外国人だらけ!!
(外国人はお前だ)
空港パトロールさんセグウェイで移動してる!
(セグウェイ初見でした・笑)
免税店なのにブランド品クソたけー笑
(いや、別に必要ないけど)
思ったよりも日本人っぽい人は少なく、恐らくは華僑であろう人々ばかり。
待ち時間にフードコートで食事をしましたが、娘の希望でチョイスしたラーメンは(以下略)
そして旅の疲れもそこそこに、バリ島行きの便に乗り込みます。
2時間半のフライトでしたが、LCLで狭かったので最初の飛行機よりも疲れました。
そして、人生初のバリ島。
ングラ・ライ国際空港へと降り立ちました。
※スマホで写真や動画を当時は沢山撮ってましたが、殆ど手元に残っていませんでした。
神々の島へようこそ
北海道から約7,000km。
私たち家族が降り立ったのが、バリ島南部にあるングラ・ライ国際空港です。
【Google MAP】
バリ島に到着したら、もうすっかり夜でした。
現代的な新しい設備の大空港であるクアラルンプールとは違い、開放的な吹き抜けで建物のしつらえも東南アジア感たっぷりです。
空調の効いた空港から外に出ると、独特のむわっとした湿気とお香とスパイスが入り交じったにおい。
BGMの銅鑼や弦楽器が奏でるガムラン。
様々な言語の観光客の喧騒。
そして騒がしい車とクラクションの音。
雑多な雰囲気に「東南アジアだなぁ」と感じました。
5月で乾期だったので、湿度もそこまででは無く、東南アジア=ベタベタ蒸し蒸しというイメージでしたが、暑いけど思ったよりサラッとしてるな。というのが最初の感想でした。
陽子さんが手配してくれていたタクシーに乗り込み、州都デンパサールの街並みを走ります。
窓から眺める街並みを見て。
「デンパサールめちゃくちゃ都会やん!!」
バリ島というとウブドなどの寺院がある田舎を想像していましたが、デンパサールは100万人都市ですので、札幌市とさほど変わりません。
ホテルに到着
「ホテルめっちゃちゃんとしてるやん!」
(国際的な観光地だから当然なのですが)
室内は日本国内のちょっとしたグレードのホテルと遜色ないしつらえでしたが、家族全員疲れ切っていて、ベッドに横になった記憶すらありません。
気付いたら朝でした。
翌日。
サヌールに移動して、海の見えるカフェで食事したりプールでのんびりしたり、現地の屋台で食事したりと、なんだか観光客のような日中を過ごしました。
サヌールもバリバリの観光地ですので、欧米人っぽい人人人。
(多分オーストラリア人)
このあたりに来ると東南アジアのエスニックな感じはあまりない欧米感がありました。
この日は文字通り「海外観光」でしたので、ウッキウキでした。
これから美雪と子供がむかえる3人での現地での暮らしには目が向いていませんでした。
わたしひとりだけがまだ「旅行者」でした。
そして夕方。
いよいよ、これから家族が暮らすことになるウブドへ向かいました。
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