そして退院へ

他人軸

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五十路男物語
第1章 食道静脈瘤と人生の転機
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2日間にわたる大量出血と、7時間もの手術で体力は極限まで落ちていました。
(生きていて良かった)

うむ。
ベッドからマジで起き上がれん。

理彩が持ってきてくれた本を読みながら、半日横になったら起き上がれるようになり、病棟のラウンジで田舎の母に状況の連絡を入れ、そして社長に報告の電話を掛けます。

社長
「おーなちさん大丈夫なの???」

なち
「手術7時間掛かったらしいですが、なんとか死なずに済みました。ご心配お掛けしましてすみません。」

社長
「店のことは心配しなくていいから、まずはゆっくり体を治して!」
「奥さんも心配してると思うし、チビちゃんのためにも頑張って!」

仕事押している時期なのに、かつ自分の不摂生が原因で仕事に穴を開けることになっているのに有り難いなぁ…。
と感激した記憶があります。

この時かけてもらった言葉には、その後も何度となく救われることになります。

術後の経過・食事について

手術翌日は胃がぎゅーっと絞られるように痛みがあり、2日間、食道から胃にかけて大量に出血し続けていたためか、体力が全く戻らず3日くらいは歩くことも一苦労でした。

2-3日は真っ黒のタール状態だった便も、時間とともに茶色い便になり、それに伴って体力も回復していきました。

病院での入院食は色々と話題になりますが、手術翌日の水のみ食事なしから、徐々に五分粥から固形食に成り、一週間もすると通常の病院食でした。

記念すべき、入院後初の食事。・・・ほぼ水分(笑)

退院日が決まり、主治医の先生との面談で

先生
「なちさん。一歩間違えたら死ぬところでしたけども今日で退院です。
地元のかかり付けの病院で診て貰いながら、半年ごとくらいに胃カメラで状態検査してもらって下さいね。」
「(笑いながら)当院での処置はこれで終わりになります。どこかでばったりお会いするのは歓迎ですが、この病院で会うことだけは、もう無いようにしてくださいね。」

(これが笑い事で無くなるとは・・・。)

そして、午後の仕事を休んで迎えに来た
(メチャクチャ機嫌の悪い)理彩の運転で帰路につきました。

小一時間の帰り道ほとんど会話もなく。
FMラジオの音だけが流れていました。

ふぅ・・・。
取り敢えずは助かった。
しばらくは酒も控えないとな

などと悠長なことを考えていました。

これが序章に過ぎないことは当時のワタシは知る由もありませんでした。

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